きのうみた夢どんな夢

タトゥーを入れた話

話、っていうかまあ弁明です。
 
賛否両論あるのは嫌というほど分かっているつもりですし、合わないなと思ったら無理に読まなくて大丈夫だから、そっとさよならしてね…
 
【先に追記】
ピックアップ?に載せてもらってしまって、今さらこの投稿読まれていてビビり散らかしています。
タトゥー論争に一石を投じたいわけではないし、反対派を説得するために書いてはいません。墨を入れたことで身体を慈しむことができる人もいればノリで入れて後悔する人もいます。タトゥーって実はこんなに最高なんですよって投稿ではありません。
これは私個人が、「やりたいけど無理に決まってる」とずっと思っていたことをその気になればできるのだ、と思った話であり、それは人によっては例えば仕事を辞めることかもしれないし、移住することかもしれないし、ピアスをあけることかもしれないし、犬を飼うことかもしれないし、オーディションを受けることかもしれないし、タトゥーを入れることかもしれない。
私は自分の基準を自分で決めることができるのだ(まあできる範囲だけではあるけど)ということ、それは別に「ルールに縛られない!」的なことではなく、自分への決意表明として。という話。
【追記終わり】
 
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二の腕にホワイトのレタリング。まだ赤みが引いてないから傷っぽいけど、定着すると白というかクリーム色がかった感じになる。
愛おしい。既にめちゃくちゃ愛着がある。
完全に個人的な意見ですが、全員がそうとは言わないが、タトゥーを入れている人って自分の身体を慈しんでいるように見える。
私のただの二の腕も、大事な二の腕になってしまった。
 
 
タトゥーもピアスも整形も、元の形を変える、戻せない変化、ということへの否定的意見があるんだろうと思う。
とすると化粧や染髪はパーマは、となる。
改造と改良の違いは、とかも。
元に戻せれば整形もいいのか、とか。
眉タトゥーは、とか。
化粧は良くて整形はアウトの線引きにも私はかなりいろいろ思うことはある。
 
タトゥーも部位に寄っては消えてしまうらしいです。彫り師さんがご自身のフィンガータトゥー見せてくれたけど、消えかけのカラーペンの落書きかというほど薄くなってた。次は指にと思ってたけど迷うな…
 
消えるんならいいってもんではないだろというのなら、物理的な話だけでなく社会的なこともあるだろというのなら、それはもう価値観とか印象とか、正解のない話になってくる。たぶん反対の人はタトゥーを入れるべきではないということのみが正解なのだろうけど。
正解がないなら、自分のことは自分で正解を決めていくしかない。あえてそこで多数派ではない正解を選ぶなら、結局これはそういう話だ。
 
 
「親からもらった身体に」という話が言われる。確かにそれが身勝手な行動の歯止めになる考え方なんだろうというのは分かる。
一般論としても自分の両親についても、自分の身体が生物学的にも経済的にも社会的にも親からもらった、というところに異論はない
でもここで言われるもらったものとは、物理的な身体というよりもはや人生全般のことではないかと思う。
人生を大事にするってそれはもう、やりたいことやる、が一番最初に出てきたんだよね。もちろん貯金とか心身ともに健康的な生活とかもしますが。
 
そもそも自分の価値観にそぐわないものを「お母さんが見たら悲しむぞ」とでも言うような、デカいところから説得力を持たせて言われたくはない。
 
 
自分一人の身体に入れたという私の個人的な話で、タトゥー反対論そのものと議論をするつもりではないです。
ただまあ一応考えたつもりではあるんですよという…だから弁明でしかないんだけど。
 
 
 
 
どっかで見て、なるほどな、と思ったタトゥー反対意見が2つある
 
1つは「将来年を取って介護される自分を想像してみてください。その身体にタトゥーがあったらどうですか?」みたいな話だった
確かにそういう考えもあるなとは思ったけど、私は逆にそれ超いいじゃんと思っちゃった。かっこいいと思っちゃうな。私は元からおばあさんがしわしわの手に派手なアクセサリーつけてたり、煙草吸うのを素敵だと思っている。そういう年寄りになりたい。
もしかするとそうではなく、昔イキっていた人が今では介護されるお年寄りに…って状況が嫌じゃないですか?みたいな話だったのかもしれないけど、だとすれば双方に失礼では。
あと介護されるほどに年齢を重ねてもなお「タトゥーを人にどう思われるか」とか気にする精神だったらそれも問題。

もう1つは、
「考えというのは日々変わっていくものなのに、ずっと変わらないものが身体に刻まれていることの違和感(でタトゥーを消した)」という話で、これは私にも一理あるかもしれない。
未来永劫後悔しない保証なんて何に対してもない。
身体に刻みたいほど大切、好き、といくら思ったっていつかは今のように好きではなくなるかもしれない。でも、めちゃくちゃに好きだった、という事実そのものが変わることはなく、そういう意味でそれが自分の中で無意味になることも無価値になることもないのだと思う。タトゥー云々以前に、自分の好きなもの全部に対してそう思う。
(入れたのは最近熱を上げている推し関連ではないです。)
(あと恋愛に関してはこの限りではないと思います。)
何しろ人生1回目なので入れたことそのものを後悔しないなんて言い切れないけど、内容については後悔しないと自分の中では言い切れていて、だからいいと思った。
うーんでも伝えるために言語化しといて、自分の中では、なんて結論にしちゃうのもダサいよな。
 
誰にも迷惑をかけない自分の身体のこと、という話でありながら、人の目が関わる話でもある。人に何を言われても迷惑をかけない範囲でやりたいことやるぞ、というつもりでいながらあわよくばその心意気込みで賛同されたいという感情も認めなければならなくなっている。そうでなければこんなところにわざわざ書かずに黙っていればいいだけの話だ。
タトゥーを入れるということにはそんなことまでついてくる。
 
単にイタいことやってんなって思われるならいい。
むしろその程度で受け流されたい。
 
しかし、自分に直接関係がなくとも目の前に自分とは異なる価値観があった時に黙っていられない、という人種はいる。
またそういう人を炙り出す状況もあるかと思うと少しそれは気が重い。というかめんどくさい。
 
 
 
いずれ黒歴史になるんだろうか、このブログごと。
でもそうやって下手なことを用心深く避けていった結果の及第点みたいな人生より、苦笑いでも目を背けても、すげーバカな事したわって後々言う人生がいいんだよな。って思ってることすら、いずれ黒歴史になるんだろうか。
 
いい歳して何やってんだという気も、この歳になってこうならもうどうしようもないだろと開き直りたい気もしている。
 
 
とにかく今1番思うのは、ピアスに憧れすぎてマグネットピアスつけてた中学生の頃とか、入学して即ピアス開けた高校1年のときの、自分以外にはなんの意味もない心強さ。それを久しぶりに感じている。
入れたかった理由、結局それに尽きるかもしれないな。
 
 
思春期から20代前半頃にできた価値観、趣味嗜好、こうなりたいという理想、それなりに取捨選択して(まじであれは黒歴史だった…みたいなものは数多あり)その中でタトゥーは手元に残った。
いいじゃん、10年は待ったよ。
おそらく私は、普通に生きていれば勝手に普通な人生が進むそういう星のもとの人間だと思う(普通とは?という話は省略しましょう)。勝手に派手な人生が巻き起こっていく方じゃない。人生経験積んできたと言いたいわけではないが、それくらいは予想がついてきたと言ってもいい年代でしょう。お堅い地味な今の仕事を辞める気もない。基本的には普通と平凡に甘んじていきたい。
いいじゃん、その中でちょっとくらい外したことしても。
タトゥーが「ちょっとくらい」かどうかに明確な基準はないので個人の判断です。
 
 
他人にどう思われるか気にしたくはないが昔の自分にどう思われるかは気にしてもいいと思うんだよね。
昔の自分に羨ましがられて年を取っていきたい。
じゃなかったら年取る意味ないじゃん。
 
 
 
 
 
 
 
まあ普通にひかれたくないので両親には言いませんが…