きのうみた夢どんな夢

タイ旅行記

仏教と象とココナッツの南国、タイ旅行🇹🇭
せっかくなのでお役立ち情報っぽいものは最初にまとめます。タイの情報を期待してくださっている人はこの箇条書きだけ読んでいただければ大丈夫です。
 
・英語は結構通じる
・英語表記多いからタイ文字読めなくても不便ない
・トイレの紙流せないけどきれいなところ多い
・カンカン照りより曇りの方が多いらしい
・雨期でもたまにスコールが来てすぐやむ。日本のようなしとしとの「雨の日」はないから観光はできる。
・当然めちゃ暑い。露出多めで浮かない。空調は冷えてる。
・路上の屋台飯は衛生面が心配…な人はデパートとかショッピングモールのフードコート楽しいのでおすすめ
・東南アジアの街並み好きな人はヤワラート行け
・1番やばいとこ行きたいならカオサン通り
・カジュアルに大麻売ってるからどっかで匂いだけ覚えると良い
・変なとこ行かなければ女性が夜1人で歩いても平気そう
・チップ文化はそんなにないらしい。優しい人ばかりだったのでそのへんは気持ち。
セブンイレブンバーガーキングとマックとスタバめっちゃある
・タイティー美味しかった。甘いミルクティー。いろんな店で頼んだけどどこも美味しかった。
・どこもかしこもパクチーと唐辛子まみれというわけではない
・ワクチン証明書は英語表記がないと使えないっぽい(これは後述
情報は以上です。

 
 
 
1年半くらい前から夫が海外赴任してる。バンコク、時差はマイナス2時間、飛行機で羽田-バンコクが6時間。
期間は3~5年でコロナ禍で当分帰れないかも、と盛大に友人たちから見送られながらも半年くらいで一時帰国したりGWに帰れたりしてたけど、こっちからはついにようやく行くことができた。ついでに私は初めての一人国際線である。(旦那との再会とか海外赴任とかについては旅行記なので割愛します。)
 
どちらかというと、私は旅行が好きな方じゃない。まず外出が好きじゃない。どうせ行ってしまうなら国内旅行より海外旅行の方がいいという0か100みたいなところはあるけど、できれば0でいさせてもらいたい。
これはわかる人とわからない人がはっきり分かれるのだろうけど、外出中「帰りたい」の気持ちがどこかしらにある。どんなに楽しくてもそれと相反しない独立した気持ちとして、強まったり弱まったりしつつも常にある。

羽田空港に向かう。JRとモノレールを使って行く。浜松町まで乗るJRの車内は、身軽な装いの人ばかりいる。ここにいるほとんどの人は、昨日と明日と変わらない1日を過ごすんだろう。今日の夜には自宅に帰るし、手に持った荷物はしかるべき場所に納めるし、今着ているものはその日に家の洗濯機に入れたりできるのだろう。そうでなくても今の私よりはそれに近い。羨ましい。私は非日常が嫌いと言うよりは日常が好きすぎる。
モノレールに乗り換えるところから人がふるいにかけられていく。大荷物の人が増える。羽田の第3ターミナルで降りればさらに限られた人ばかりになる。自分が相応しい場所にいる気がして、少し落ち着く。あと空港って勝手にちょっとテンション上がるよね、デカいから。
 
チェックイン。チケットやパスポートとともに出したワクチン証明書が、英語表記がないので使えないと言われる。案内されるがまま空港でPCRを受けることになった。マイナンバーカードの有無を聞かれたのでそれがあれば違ったのかもしれない。マイナンバーって海外でそんな効力を持っているんですか。
クリニックの開始は9時、開始直後から激混み、フライトは10時半、10時5分までは待てます、とカウンターで告げられる。初の一人国際線、いきなりのトラブル発生である。
緊張感溢れるその場の夫とのLINE。
私はこういうとき、焦っても何も変わらないなら焦っても仕方ないか、と思ってちゃんと焦らないでいられるお得な性格をしている。待ち時間に展望台へ行くなどをして過ごしていた。現地でやきもきするしかできない夫の方がむしろ不憫である。
まあ間に合ったのでこうして書けるんですけどね.
陰性証明書、全部英語だったのでパッと見でピンとこず、たぶんこれですよね…?な顔して持って行ったらカウンターの職員の女性が「よっしゃ!!1人クリア!!!」な顔で走ってチェックインしてくれました。空港は閑散としている反面、業務はめちゃくちゃ大変だろうな。
 
機内食でははっきり「チキン」と答えたはずだけれどフィッシュが提供された。そういうベタなやつ、嫌いじゃないです。チキンとフィッシュどっちが嫌ですか、と聞かれてたんだろうか。
 
フライト6時間はあっという間だ。国際線の機内といえば映画だけど観たいのがなくて、音楽のコーナーからエルトンジョンとoasisと藤井風の1枚目のアルバムと、それからBTSがBEだけあったからそれらを聴いていた。機内のペラペラのヘッドホンではろくに聞こえないから聴き慣れたものしか聴けない。
6時間飛んで4時間後に到着するタイムスリップをする。まだ経験したことないけど12時間以上の時差ってもうわけわかんないんだろうな。時間というのは前後の流れか、あるいは周りと共有してこそ意味があるらしい。
 
到着して空港に降り立ったあたりで完全に気が抜けていた。
私は今foreignerや。などと呑気に思っていたところで、自分がこのあとどっち行けばいいのかわからない状態になっていることにはたと気づく。いつのまにか前後を歩いていた同じ便の人もいなくなり、周りには出国だか入国だかトランジットだかもわからん外人しか見当たらない。外人は私か。空港の中を一往復してからインフォメーションのお姉さん(タイ美人)に「どこ行けばいいかわかりません」「これ(航空券)乗って今着きました」「荷物受け取りたいです泣」等々をカタコト英語で伝えるとなぜか伝わり「まっすぐ行って右、arrivalに行け」「え、じゃあtransfer deskとかは…?」「ノー お前はarrival」と教えてもらって何とかなった。落ち着いて考えれば当たり前なんだけど。異国で迷う恐怖は底知れないな。ありがとうお姉さん。私は無事に旅を終えました。
 
旅行、という時間はおもしろい。自分の社会的立場がなくなるとは言わないけれど一旦それは傍に置かれ、全員ひっくるめて「旅行者」という人間にされる。ただ運ばれ、案内され、受け取るだけの存在になる。
 
タイは南国の熱気と人々の熱気にあふれたところだった。
やっぱり南は最高。外で寝れるし果物がそのへんで実る、そういう「最悪でも死なない」場所はどうにも空気が気楽だ。
日本の桜やケヤキのようにヤシの木が生え、みかんがなるノリでバナナがなっている。街は要所要所に王族の肖像が金の額縁で祀られている。国営施設のようなものがここでは王営らしい。
西洋に征服されずに国王が君臨し、そこらじゅうにある果物や海岸を外人がありがたがってくれる、この国の人は基本的に幸せそうだ。もちろん順風満帆ではないはずだけど自国の歴史や文化を否定せずに近代化できるのは幸せなことだと思う。寛容で鷹揚、誇り高く、インディペンデントで、切羽詰まったところはなく逞しい。大陸的なオープンさがあり、激しい自己主張はない。
 
 
 
バンコクでは夫の住居に滞在できるけど(「夫の住居に滞在」ってすごい限られたシチュエーションの日本語だな)、そこから足をのばし、飛行機で1時間飛んでサムイ島というところへ来た。人生初のプロペラ機だった。めちゃ揺れる。
はりきってTシャツ短パンという格好になったはいいけれども空港の空調がガンガンで、久々の短パンに足が冷えること冷えること。暑いのにサムイ島など言う余裕もなく道中普通に寒かった。
 
サムイ島、タイ語でコ・サムイは、マレー半島の東側にある、ヤシの木に覆われた賑やかで穏やかな島。
さまぁ~リゾート的にレビューすると砂浜の砂は白くてさらさら、ハイシーズンの波は始終穏やかで、水は透き通り、ホテルのシャワーの水圧もばっちりだった。
旅行者の9割は欧米人だった。中国人はまだ自国の規制があるらしい。
肩や鼻の頭を日焼けで赤くした白人たちが、大抵はいくつかの家族や親戚のようなグループ、男女混合の若者グループでリゾートを謳歌している。向こうの人はバカンスを長くとるから連れ立って旅行することは日本より多いんだろう。
みんな良いところのファミリーに見える。中には平社員のダディとマミィが頑張って来ている人もいるんだろうか。私のそれらはほとんど映画で見たイメージでできている。
人生でこんなに一気にアングロサクソンばかり見たの初めてだった。ティモシーシャラメくんみたいな男の子とエルファニングちゃんかセレーナゴメスちゃんみたいな女の子がめちゃくちゃいる。骨格が違う。

ホテルは将来の天国はこれがいいの圧倒的No1だった。きれいなものしか存在しない穏やかな景色。きれいも汚いも内包した現世のきれいな景色とは違うこれは私の天国の概念。夏が嫌い、北国が好き、という人のイメージする天国はどんな感じなのか聞いてみたい。

 
この国で過ごしているとなんだか物事をシンプルに考えるような気分だった。
瓶に入ったガソリンをどぼどぼ入れるとエンジンが動きバイクが走る。何人であろうとバイクに乗っかれれば移動ができる。日が照って植物が実をつけ食べられる。店を開けて物やサービスを売る。客が来なければ座って待つ。
老若男女が路上でプラスチック製の椅子に座って過ごしている。食事をとる人々、談笑するバイタクのおじさん、店番のおばさん、スマホいじる若者。

ここでは路上という世界がめちゃくちゃ広い。屋台もテラス席もその他も。他に場所がないから路上にいるのではなく路上があるから路上にいる。路上で生活しているのではなく生活に路上がある。建物の間口は広く、当たり前だけど積雪おろか北風という概念はない(あと地震という概念もない)。
外の空気がそのまま生活の空気。
こういう簡素さに安心感や好感を覚えるのは、馴染みの九州の田舎に近いからなのかもしれないし、子供でもわかるシンプルな範囲で物事が動いているからなのかもしれないし、子供の頃に思い描いた世界の形に近いからなのかもしれない。難しいことはわかりません。いいものがいい。
まあこれは私が複雑なことを知らないでいられる旅行者だからというのもある。
これにハマる人の究極は自給自足の生き方に憧れそうだ。でも私は資本主義社会と文明社会を信じています。
 
 
 

話に聞く通りバイク大国だった。
ママチャリの比ではない。ゆりかごから墓場までの間に全員原付がある。
当たり前すぎて誰も深く考えていない。原付で60キロで走ってても後ろから原付が追い越してくる。対向車線をお父ちゃんお母ちゃん子供の家族3人乗り全員ノーヘル原付がすれ違ってくる。マスクでノーヘルのおっちゃんもいたし、フルフェイスもいた。膝丈スカートのおばちゃんや女学生が横座りでバイタクの後ろに座ってスマホを見ている。中でも後ろの人がちゃぶ台くらいのテーブルを両手で抱えて走ってたバイクに一番笑った。なんでバランス取れてるのか全然わからなかった。そういうのなんですよ、そういうの。みんな体幹がバイク仕様。
 
 
これも噂に聞いていた通り美容大国でもあった。
みんな痩せているのは暑いから、とか思うのは雑すぎるか。スタイルの良さは大陸的なものもあるんだろうか。少なくとも正座の民族とは違う。
男性が化粧品のイメージモデルになっているのもちょくちょく目にした。そういうのまじでどんどん流行ってほしい。昭和の男のかっこよさだって好きですけれども、美容に気を使う男がダサいって空気はダサいから早いとこ滅びねぇかな。真面目に勉強するのダサいっていう中学生のダサさと同じに思える。正しいとか善悪の話ではなく、ただ個人的にダサって思ってます。
タイコスメは韓国コスメみたいに日本でも流行りそうだと思ったけど、おそらくタイの方に日本市場が眼中にない。
やっぱりタイコスメ買えば良かった。可愛いものがいっぱいだったのに迷いすぎてやめてしまった。私には買い物の才能がない。免税店も行き帰り素通りしてしまったし。正社員子供なし30代女性が3年ぶりの海外旅行で免税店を素通りするなよ。
 
 
 

ヤワラートというチャイナタウン。こういう街並みが大好きな私のような人は絶対行ってください。
 
 

バンコクではカルチャーショックよりも発展途上の国の空気にギャップを感じた。
余力というか余白、というか余地がある。始める余地。改善の余地。取り入れる余地。ショッピングモールは綺麗で、チャオプラヤ川はカフェオレ色で、ベンツやBMWも通る路面はカジュアルに穴空いてて、ビーチでボランティアっぽいゴミ拾いの人たちがいたけど拾ったゴミはそこで燃やしてて、年季の入った市場の奥で小さい子がスマホを弄っている。古いものと新しいものの共存、というのがこちらとまるで意味が違う。
至るところで新しいものが作られどんどん入れ替わっている
日本のこういう時代に育って恩恵を受けた年代はもはや外人だと思った方がやりやすいのかもしれない。
考えてみれば、東南アジアでオリンピックってまだ開催されていない。いずれそういうもので一気に変わるような気がした。今見られるものを楽しんでおきたい。
例えばやばい電線とか。
逆になんでこれで平気なんだろう。
 
これぞ東南アジアみたいな偽ブランド品が欲しかったけど、いいのがなかった。シンガポールで見た「BIRKENSTONES」というサンダルを買わなかったこと、後悔しています。(ネットで探したらあったけどネットで探してあるなよ)。私には買い物の才能がない。
一方でオーガニックみたいな表示も結構見る。動物実験をしないタイコスメもいくつもある。大量生産大量消費時代とは既に違う発展なのかもしれない。顧客は商品を選別しているようだったし、欧米信仰もそこまで強くないように見えた。
 
 
旅行好きじゃないけど、これからも暇さえあれば外に飛び出すような人間にはならないのだろうけど、行って良かったとはちゃんと思っている。見たことのないものを見、知らないことがあることを知り、定期的に(つまりあらゆる年齢で)常識をひっくり返されてどひゃ〜みたいな経験をしている人間でいたい。その上で日常と私は言う。
自分の中にあるものでしか物事は考えられない。だから見聞を広める必要があります。
私の最推しこと夢眠ねむ氏のアイドル時代のツイートなんだけど、どんな人生でもこれを常に忘れたくないと思っている。知っているだけでも経験したことがあるだけでも充分じゃなくて、それは相互に関連し影響し合っているんだと思う。
 
 
 
帰りは6時間乗って8時間後に着くタイムスリップをする。
夜の空港、というのは夜行バスや寝台列車にも近いようなトリップ感があった。
離陸してすぐ機内は消灯し、飛んでいる飛行機の中にも「就寝時間」があるのだと私は後から気づく。通路側の私と窓側の席の女性で、お互いに真ん中の空席にちょっとずつ体をはみ出させて少しだけ寝た。機内で夜明けを迎えるのは初めてのことでずいぶん不思議だった。窓側の女性が窓から見える夜明けをカメラに収めている。濃いオレンジ色の影絵のような夜明け。そしてまた静かに毛布にくるまる。朝になったのか朝に到着したのか、この場合はどちらなんだろう。飛び続ける機内にも朝とか夜とかあるんだろうか。12時間、夜から夜に飛んだりすることもあるんだよね。消灯された電気が灯り、機内は生活として朝になる。
オムレツ、と伝えたら今度はちゃんとオムレツがもらえて、それを食べながらペラペラのイヤホンで行きと同じようにBEを聴いていた。なるほどbreakfastだからオムレツなのかと改めて朝を理解。Life goes on、聴きすぎて最初のグクとジミンちゃんのパート諳んじれるなと思う。6日間ずっとリラックスして楽しんで美味しいものだけ食べて快適だったけど、やっぱり緊張してたなぁと思う。明日から(既に今日か)また一人暮らしか、とも思う。何があってもlife goes on なのだし、人生はダイナマイトだ。
音楽を聴きながら「これを聴きながらこんなことを考えていたということ、忘れないだろうな」と感じることがごくたまにあるでしょう。このLife goes onはそれだろうなと思った。