冷やかに見られているのかもしれないと思いつつ、オタクだとか推しだとか、そんな言葉をカジュアルに使っちゃうのはとても楽しい。
オタクと自称するの、自分で詳しいって言っちゃっててダサい、み
それこそ最初はアニメやゲームファンの蔑称だったものが、何かに
そして個人的に今の使われ方が好き。
前回の投稿で、なんでアイドルオタクをやっているのかを書こうと
なんでと言っても「そういう星のもとに生まれてしまったから」と
これの話をします。
やりたいことが山盛りで毎日追いきれなくてアップアップしてるんだけど、それって幸せなことだよねぇと思う。私も含めてオタクって何かに興味をもつ・夢中になるっていうのがたぶん得意な人たちなんだろうな。
オタクじゃない友人知人で「何かおもしろいことないかな〜」「最近インスタつまんない〜」とかぼやいてる人を見ると、えっそれは自分次第では?って思う。けど理解されない人には全然理解されない
— ka (@harunonegoto) 2021年6月8日
興味を持つ、何かをおもしろいと思う、夢中になる。
そういうことを、私は能動的なことだと思っているんだけどそうじゃない人もいるらしい。
何かをおもしろいと感じる、というよりは
おもしろい何かがある、なんだろうか。
たしかに、新しい何かを知るって、疲れるのはわかるのですけどね。何も入ってこない精神状態のときもあるし。
踊るのに許可いらないんですよ。
好きなものを貪欲に追い求めて、そのおかげで人生楽しい幸せ!っ
だから今日も、自称も他称もオタクって使っちゃう。
好きなものを貪欲に追い求めること、
文字にすると「好きなんだから当たり前じゃん?」って気がするけ
らくちんなことを幸せと履き違えてしまったりするから。
「今の人は、幸福と快楽の区別を知らない。快楽を得ることを幸福だと思っている」
唐突に明治の文豪、武者小路実篤の言葉を引用してしまいました。
これ初めて目にしたとき、図星でショックだった。それ以来、意識
(武者小路実篤の言う「今の人」って私のおじいちゃんくらいだと思
「貪欲」という言葉、個人的に大事にして
私は高校生の頃しょこたんブログを毎日欠かさずチェックするファ
コンサートの名前にも。
可愛い大好き。
子供の時の私は、与えてもらったものや今あるものに対して「好き
自分の好きなことにはもっと欲を出してもいいのかもしれな
それにこの「貪欲」って言葉、あくまで好き!の範疇を出ない言葉
この言葉がなければ、私はもっと受け身で生きてるだけの人間だったかもしれない。
私にとってはらくちんに逃げないキーワードみたいなものでもある。
そういう向き合い方、捉え方、生き方を、私の場合は「オタクをやる」って言っていて、そういう楽しさを共有できる仲間が、私の場合はオタク友達に多かった。
オタクオタク書きすぎて流石になんかちょっと恥ずかしくなってきたな。
「推し」って言葉も、なにそれ(笑)って思ってる人もいると
でも私は好きで、使いたくて使ってる。
時代が変わったら廃れてしまうかもしれないけど。
昭和アイドルには「親衛隊」がいらっしゃいましたよね。
“しんえい【親衛】 国王や国家元首などの身辺を護衛すること。
これはこれで心の底からわかる。推しのこと、徒党を組んで守り抜
参考画像:松本伊代さんの親衛隊の方々
これはオタクの最終形態として1つの理想。
それに対して「推し」。護衛する人も家でひっそりと応援するだけの人も関係ない。それぞれ自分が推してるってだけ。それはとても自由な現代の空気だなと思う。
最近はアイドル以外にも、「贔屓にしてる」「特別お気に入り」「応
自分の中だけで完結している言葉なのがいい。
単なる好きには納まらないけど、相手にとって自分は何者でもな
自分にとってだけ少し特別な存在。
呼び名があると形のない感情も明確になり、明確になると大事にし
オタクをやってて何がそんなに楽しいの?
という自分語りのつもり
間違ってもオタクが正しくて人間的に素晴らしいなんて言
ちなみに最初に貼ったツイートの「何かおもしろいことないかな~